(G)日本の気候を気団論から解釈すると
気団とは?
広大な大陸や海洋のように均一な表面上に高気圧が長い間停滞すると,その付近一帯の空気の特性は表面の熱的特性に同化し,ほぼ均質になっていく。このようにして,気温や湿度が1,000q以上にわたって,ほぼ一様な状態になった空気塊のことを気団と呼んでいるのです。気団の発現地の温度特性から,「赤道気団」,「熱帯気団」,「寒帯気団」,「極気団」に分類され,さらに『大陸性』か『海洋性』かを加味して区別しているのです。
2つの気団が接するところでは,性質の違った空気塊同士は容易には混じりあわないため,ある幅をもって境界線ができます。これが前線です。
(1)日本の気候を支配する5つの気団
図1に示したのは,『気象のしくみ;饒村曜著,日本実業出版社』から抜粋した日本の気候を支配している5つの気団です。他の本などでは,台風(赤道海洋性気団)を含めないで,4つの気団として説明しているのが多いかもしれません。図中のシベリア気団,オホーツク海気団,・・というのは,一般に使用されている日本付近の気団の名称で,分類としては( )内に示した性質の気団だという意味です。
日本は中緯度に位置し,ユーラシア大陸や広大な太平洋,オホーツク海で囲まれているため,このように発現地の異なる 5つの気団の影響を強く受けるのです。しかも,図に示した5つの気団とも定常的に存在しているのではありません。それぞれの気団の性質や発現する時期も,気団が影響を及ぼす時期も違っているため,日本の気候は四季折々の変化が顕著なのだといわれています。
表1に,5つの気団の発現地と特徴,日本の気候に影響を及ぼす時期を示してありますが,主役は冬のシベリア気団と,夏の小笠原気団の2つです。
表1 日本の気候を支配する5つの気団の発現地と特徴
シベリア気団(寒帯大陸性気団) |
寒帯大陸が発現地で冷たく,乾燥している |
冬 |
オホーツク海気団(寒帯海洋性気団) |
寒帯の海洋が発現地で冷たく,湿っている |
梅雨期 |
揚子江気団(熱帯大陸性気団) |
熱帯大陸が発現地で暖かくて乾燥している |
春,秋,梅雨期 |
小笠原気団(熱帯海洋性気団) |
熱帯海洋が発現地で,下層は暖かくて湿っている |
梅雨期,夏 |
台風(赤道海洋性気団) |
赤道付近が発現地で,下層から上層まで暖かくて湿っている |
台風シーズン |
(注)!!;寒気団,暖気団という言葉をよく耳にしますが,これは気団の名称ではなく,次のような意味で使われる表現です。
寒気団;発現地を離れて,より暖かい地表面のところへ移動する気団のことで, 例えば,冬,シベリア気団が日本海に流れ出してくるのを”寒気団”と呼ぶのです。
暖気団;寒気団と逆ですから,発現地を離れて,より寒い地表面のところへ移動する気団のことです。梅雨期や夏の三陸沖から北海道南東部に発生する海霧は,小笠原気団が暖気団として北上することによって生じるのです。
(2)日本の冬を支配するシベリア気団
日本の冬を支配するシベリア気団は,冷涼で乾燥した寒帯大陸性気団です。シベリア気団の空気は重いので,ユーラシア大陸に巨大なシベリア高気圧が形成されるのです。そのため,シベリア気団が勢力を強め,オホーツク海付近で温帯低気圧が発達すると,強い北西季節風が吹き,シベリア気団は日本海に流出し,日本海側に大雪を降らせるのです。
日本海や,日本列島から少し離れた太平洋に筋状雲が発生するのは,流出したシベリア気団が日本海や太平洋で変質するためです。日本海がなかったら,日本列島には大雪は降らないといわれています。日本海側は雪や曇りの日が多く,太平洋側では快晴の日が続く,日本の冬特有の気候をもたらしているのは,シベリア気団に加えて日本海 と脊梁山脈が存在しているためです。日本列島から離れた南太平洋に見られる太い雲の帯は,天気図の停滞前線に対応しており,高緯度側の冷たい空気塊と低緯度側の暖かい空気塊との境界に発生している雲です。
◆日本海でのシベリア気団の変質
日本海には”対馬暖流”が流れ込んでいることもあり,海面水温は高くなっています。シベリア気団は,もともとは冷たくて乾燥した空気塊ですが,日本海に流出すると,下から熱と水蒸気の供給を受けて変質するのです。下から加熱されたシベリア気団の下層大気は非常に不安定になり,供給された水蒸気は上空に輸送されるため,積乱雲が発生し,北西季節風によって日本列島へと運ばれてくるのです。日本海上を移動している間,積乱雲には下からの加熱と水蒸気の供給が続くので積乱雲は発達し,日本列島に達する頃には,寒気層一杯の高さまで成長し(図2;気象のしくみ;饒村曜著,日本実業出版社より転載),上陸した積乱雲は日本列島の脊梁山脈に衝突して日本海側の山間部を中心に多量の雪をもたらすのです。
また,発達した積乱雲は雷をともなうのが普通で,日本海側では“雷鳴”は冬の訪れとも言われているのです(太平洋側では夏の風物詩です)。日本海側に大雪を降らせた空気が脊梁山脈を越えるときは,一種のフエーン現象も加わり,乾燥空気となって吹き降ろすため,太平洋側は晴天の日が多くなるのです(図2)。
もし,日本海がなかったら,シベリア気団は変質することなく,日本にやってくるので,日本海側の大雪は少なかったでしょう。しかし,気温はずっと低くなり,凍土ができるほどの厳しい冬になったかもしれません。このように,冬の気候を支配するのはシベリア気団ですが,日本海の存在も大きな役割を果たしているのです。さらに付け加えれば,海抜高度3,000mクラスの脊梁山脈の存在です。冬,東海道新幹線が,関が原近くで,大雪のため立ち往生することがありますが,これは脊梁山脈が低いためだと考えられているのです。脊梁山脈が低くなっている他の地方でも,同じようなことが起っていることは,よく知られている事実です。
(3)日本の夏を支配する小笠原気団
冬の気圧配置は西高東低でしたが,夏は逆転し,東高西低です。1月と7月の気圧配置の比較を図2に示しました。夏はユーラシア大陸の気温が上昇し,太平洋上の気温のほうが低くなるため,冬とは逆に太平洋上が高気圧になるのです。全体を太平洋高気圧といいますが,日本付近を小笠原高気圧と呼んでいるのです。日本列島全体がこの高気圧に“すっぽり”と覆われると夏です。
太平洋高気圧の正体は, 亜熱帯高気圧の支配下にある亜熱帯や熱帯の海上で形成される太平洋気団です。太平洋気団のうち日本の南方洋上に広がっている部分を,特に小笠原気団と呼んでいるので,日本の夏を支配するのは小笠原気団ということになるのです。
(4)シベリア気団と小笠原気団の交代期に登場するのが揚子江気団
北半球高緯度地方の日差しが強まり,シベリア気団の勢力が衰えてくると春です。さわやかな春の晴天をもたらすのは,大陸から張り出してくる移動性高気圧です。この移動性高気圧の正体は, 華中以南やチベット高原などの亜熱帯乾燥域で形成される,熱帯大陸性気団である揚子江気団です。
季節が進み,小笠原気団が次第に勢力を増し,日本の南の海上に停滞していた前線はゆっくり北上してきます。移動性高気圧をもたらした揚子江気団は勢力を弱め,代わって北のオホーツク海高気圧が目立ってきます。このオホーツク海高気圧の中で発現するのが,寒帯海洋性気団のオホーツク海気団です。
日本列島付近でオホーツク海気団の勢力と小笠原気団の勢力が拮抗するようになると,停滞前線は北上と南下を繰り返しながら日本列島付近に停滞するようになる。この停滞前線が『梅雨前線』であり,日本列島は”梅雨”の季節に入るのです。
小笠原気団が勢力を強め,梅雨前線を北へと押しやると,日本列島は太平洋高気圧に覆われるようになる。うっとうしかった”梅雨”が明け,暑い夏を迎えるのです。
太陽高度が低くなり暑さも和らいでくると,北上していた停滞前線は再び日本列島付近まで南下し,停滞する。これが秋雨前線と呼ばれるもので,“秋霖”の季節です。小笠原気団の勢力がさらに衰えてくると,秋雨前線は日本列島の南東海上に去り,春の晴天をもたらした揚子江気団(移動性高気圧)が再び日本にやってくるようになり,”天高く馬肥える秋“の晴天をもたらすのです。
(5)台風は赤道海洋性気団を運んでくる
赤道海洋性気団は赤道付近の海洋上で形成される高温・多湿な気団で,台風襲来時に日本上空まで侵入し,大雨を降らせ,大水害を起こすことがあります。小笠原気団(熱帯海洋性気団)の下層は高温多湿ですが,上層は乾燥しているのに対し,赤道海洋性気団は下層から上層まで高温多湿という特徴をもっているため,背の高い積乱雲群を発生させ,激しい豪雨を見舞うことが多いのです。
右に示した図4は, 2001年8月20日9時の,極東域『ひまわり』雲画像です。赤い線で示した赤道から北緯10度付近に熱帯収束帯の雲があり,日本付近には台風11号の雲が写っています。台風11号も熱帯収束帯で誕生し,日本付近までやってきたのです。