(7)オゾンホールが出現するのは,春先の南極上空だけなのはなぜ?
(1)オゾンホールの
発見オゾン層破壊問題に先鞭をつけたのは,1982年に日本の南極観測隊が,月面からの反射光を利用して,冬期間のオゾン層観測に挑戦し ,成功したことでした。南極昭和基地における1982年の全オゾン量の季節変化を図1(Chuubachi,1984に一部加筆)に示しましたが,全オゾン量は太陽が出始める春先から減少し,10月(October)始め頃に最小になっていることを発見したのです。
担当した気象研究所の中鉢博士は,南極昭和基地で全オゾン量観測を始めた1979年まで遡ってデータを調べてみると,春先の全オゾン量は年々減少しており,1982年が最小値になっていることもわかり,1983年の国際会議で報告したのです。
1985年,イギリスの研究者たちは,南極ハレーベイ基地で観測を始めた1958年以降の全オゾン量データを再検討し,春先(October)の全オゾン量が1970年代の後半から急減し,10年間で半分近くまで減少していることを明らかにしたのです(1995年まで延長したのを図2に示した)。全オゾン量の減少が,フロンガスの増加と関係していることを指摘したこともあり,大きな関心を集めることになったのです。
オゾン層の破壊が専門家だけでなく,多くの一般市民までが関心を持つようになったのは,1983年10月5日(南極の春先)の南極上空のオゾンが予想をはるかに越えて減少している様子を「オゾンホ−ル」と名づけて,視覚に訴える形で表現し,1986年に発表した図3です。日本の多くの新聞にも掲載されました。この図は,1978年10月から世界的規模でオゾン観測を始め,1日1枚の世界全オゾン量分布図を作成していた人工衛星「ニンバス7号」の観測結果を基にして,コンピューターグラフイックスの技術を駆使して作成したものです。
図3は,オゾン全量の観測値を,色で区分して表現し,南極上空を中心に,春先(10月5日)のオゾンがまるで「穴があいた」ように減少していることを示した。色と全オゾン量との対応関係 は,太陽光のスペクトルと同じように,紫が最小で,赤が最大となるように区分している。
(2)オゾンホールの犯人は一酸化塩素(ClO)
その後, 米国を中心にしたオゾン関連の研究者たちが集まり,南極上空に「オゾンホール」が発生している時期を選んで,観測機器を搭載した航空機でオゾン層内 ・外(南緯63度〜72度)を飛行し,オゾン濃度と窒素酸化物,塩素酸化物濃度の同時測定を行ったのです。その結果,図4に示すように,オゾン濃度が大きい値を示しているオゾンホールの外では塩素酸化物(CℓO)濃度は小さく,オゾン濃度が急激に減少するオゾンホール内では,塩素酸化物(CℓO)濃度が急激に増加していることを発見したのです。CℓOは,成層圏に入り込んだフロンが光解離することによって発生することが知られており,オゾン層破壊の主犯はフロンである可能性がきわめて強いと考えられるようになったのです。
(3)一酸化塩素(ClO)を増加させているのは極成層圏雲(PSC)(?)
オゾンホールが発生するのは,春先の南極上空だけで,北極上空にはほとんど現れません。オゾンホールが発生する成層圏で,南極と北極で違っている現象として知られていたのは,冬に発生する極成層圏雲(PSC)です(図5 の上空でピンクに光って見えている雲)。南極では観測されるが北極では殆ど観測されません。オゾンホールの発生と極成層圏雲(PSC)の関係が調べられ,冬に極成層圏雲(PSC)が発生すると,春先にオゾンホールが現れることが明らかになったのです。
図5 極成層圏雲(PSC)の写真,上空高くにピンクに色づいて見えている雲
(4)成層圏温度が非常に低くなると,極成層圏雲(PSC)が発生する
極成層圏雲(PSC)は,氷点下78℃以下になると発生する氷晶からなる雲です。人工衛星で観測した,2,002年の緯度ごとの成層圏(50mb)温度の季節変化を,図6に示しました。成層圏(50mb)温度は,冬(JUN,JUL,AUG,SEP)の南極上空だけが氷点下80℃以下になっており,極成層圏雲(PSC)が発生する条件を満たしていることがわかります。北極上空の成層圏は氷点下78℃以下にはなっていません。
南極上空の気温鉛直分布の季節変化を図7に示しました。図から明らかなように,高度15km〜30kmのオゾン層の中心領域が,氷点下80℃以下の低温になっているのです。このようにして,冬,南極上空のオゾン層の中心領域で極成層圏雲(PSC)が発生することが確かめられたのです。
南極も北極も,冬,太陽が沈んだままなのは同じですが,南極上空がより低温になるのは,図8に示すような,南極を取り巻く強い風(Polar Vortex)が吹いており,低緯度からの熱の輸送を遮断する効果があるためと考えられています。
(5) 冬に極成層圏雲(PSC)が発生する高度で,春先にオゾン 破壊が発生する
2,002年の特定の日を選んで,南極上空におけるオゾン濃度の鉛直分布を図9に示しました。青線はオゾンホール発生以前の8月4日のオゾン分布で,赤線と青線は オゾンホールが発生している10月15日のオゾン分布と気温分布です。
8月4日は,真冬で太陽は沈んだままで,図7を参照すると,成層圏温度は氷点下80℃以下で,成層圏雲(PSC)が発生したと推定されます。10月15日は,春で太陽も顔を見せるようになっており,成層圏温度も大分上昇しているのが分かります(図7を参照)。
このような解析を続けた結果,冬,南極上空の冷却が進み,成層圏雲(PSC)が発生すると,太陽が顔を見せる春先からオゾンホールが出現することが確かめられたのです。謎ときは,オゾンホールの発生に,成層圏雲(PSC)がどのような役割を果たすのか,太陽の役割は何かを明らかにすることにかかってきたのです。
(5)極成層圏雲(PSC)を構成している氷晶表面での反応
極成層圏雲(PSC)は氷晶からなる雲ですから,冬の南極上空のオゾン層には氷晶が存在していると 考えられます。氷晶のような固体粒子が存在していると,空気中を漂っていたHClのような水に溶けやすい分子は氷晶に取り込まれ,空気中から取り除かれていきます。
空気中に残った硝酸塩素(ClONO2)が氷晶表面に衝突すると,図10に模式図を示したように,氷晶表面のHClやH2Oと化学反応し,Cl2やHOClを空気中に放出し,硝酸(HNO3)を氷晶の中に閉じ込めてしまうのです。化学反応式で書くと下記のようになります(黒字は空気中に存在 する,青い字は氷晶中に存在することを意味しています)。
ClONO2+HCl=Cl2+HNO3
ClONO2+H2O=HOCl+HNO3
この反応で発生するCl2やHOClは空気中に放出され,HNO3は氷晶の中に取り込まれ ます。こうなると,成層圏雲(PSCs)が見られるほど低温になった冬の南極上空の成層圏にはNOxは少なくなり,Cl2やHOClが蓄積され,増加してい くのです。春先,太陽紫外線が降り注ぐようになると,Cl2やHOClは光解離されるので,空気中のClが一気に増加し,次の化学反応によってオゾン層が破壊されると考えられているのです。
Cl+O3=ClO+O2
ClO+O=Cl+O2
しかも、この反応ではClOx(ClO,Cl)は触媒として作用しているだけなので,少ないClOxでも沢山のClを放出することができるのです。このような一連の化学反応が起こっている大気環境では,オゾン層が急激に破壊され,オゾンホールとなって現れると考えられているのです。その後の研究からも,オゾンホ−ルの最大の原因はフロンであることが明らかにされてきています。
春先の南極上空に発生するオゾンホールの原因は,冬の南極成層圏に発生する極成層圏雲(PSC)だったのです。