(7)台風に伴う高潮
台風による災害は大雨や暴風によるものだけではありません。海岸近くでは,高潮や高波よる被害も忘れてはなりません。図1に熊本県八代海および瀬戸内海西部沿岸地域に浸水や冠水,海岸保全施設の損壊など大きな被害をもたらした ,1999年の台風18号の経路と,日本各地で記録された高潮の大きさ示しました。日本各地で60cm以上の高潮が観測され,高松では飛び抜けて大きく,125cmの高潮が記録されたのです。
<注>高潮の0点は平常の潮位で,図1に示した値は台風による増加分だけです。
高潮を考えるには,平常の海面の変動を知っておくことが大切です。図2に示した名古屋と大阪における1ヶ月間の潮汐の記録からわかるように,海面は1日に2回程度の割合で周期的に満潮と干潮を繰り返しているのです。
名古屋・大阪どちらの記録も1ヶ月の間に2つの「こぶ」をもっているように振幅が変動しています。振幅が最大になる「こぶ」の中心が「大潮」と呼ばれ「新月と満月」の頃に対応し,「こぶ」と「こぶ」との間で振幅が最小になっているところが「小潮」と呼ばれ「上限と下限の月」とよく対応しています。したがって,「大潮」の頃の満潮時に台風の接近による高潮が重なれば,それに伴って大きな被害が起こる可能性も高くなり,特に注意が必要です。高潮の被害は満潮時以外にも発生しており,台風の接近が満潮時と重ならないからといって安心はできません。また,潮汐の現れ方も地域や海岸地形によって異なっており,自分の地域の潮汐の特徴を知っておくことも大切なことです。
潮汐は地球と月や太陽の位置関係によって生じる『起潮力』と呼ばれる作用によって起ります。太陽―月―地球が一直線上に並んだとき,地球に及ぼす太陽と月の引力が加算されるので『起潮力』が最大になり ,満潮と干潮の差が最も大きい「大潮」になります。太陽―地球と,地球―月が直交するときに『起潮力』が最小になり満潮と干潮の差が最も小さい「小潮」になるのです。
(7.1)台風による高潮発生のメカニズム
高潮というのは,台風や発達した低気圧に伴う気圧降下と暴風のため,海面が一時的に異常に上昇する現象のことです。台風による高潮は主に次の二つの要因で生じます。
@ 気圧低下による海面の吸い上げ効果
図3に台風域内の気圧変化と,気圧が低くなっている領域で海水面が持ち上がる様子を模式的に示しました。台風域内の気圧は周辺より低いため,台風の周辺では海面を押し付けるように,台風の中心付近では海面を吸い上げるように作用する結果,海水はこれにつりあうように移動し,台風の中心に向かって水面が上昇するのです。これを「吸い上げ効果」といい,外洋では気圧が1hPa低いと海面は約1cm上昇するといわれています。例えばそれまで1000hPaだったところへ中心気圧が950hPaの台風が来れば,台風の中心付近では海面は約50cm高くなり,そのまわりでも気圧に応じて海面は高くなります。
A 風による吹き寄せ効果
台風に伴う風が沖から海岸に向かって吹くと,海水は海岸に吹き寄せられて「吹き寄せ効果」と呼ばれる海岸付近の海面の上昇が起こります(図3)。この場合,吹き寄せによる海面上昇は風速の2乗に比例し,風速が2倍になれば海面上昇は4倍になります。また,風が吹き渡る海の水深が浅いほど,海面上昇が大きくなることもわかっています。特にV字形の湾の場合は奥ほど狭まる地形が海面上昇を助長させるように働き,湾の奥ではさらに海面が高くなります。
(7.2)高潮に及ぼす台風の進路
台風に吹き込む風は反時計回りですから,南に開いた湾の場合は,台風が西側を北上すると南風が吹き続け高潮が発生しやすくなります。それに加えて暴風によって発生した高い波浪が沖から打ち寄せ,海面は一層高くなります。実際,過去50年間に潮位偏差が1m以上となった高潮はほとんどが東京湾,伊勢湾,大阪湾,瀬戸内海,有明海の遠浅で南に開いた湾で発生しています。
一方,台風が東側を北上すると,北風となるため海岸付近では風浪は小さいものの,少し沖へ出れば風浪は高くなります。このとき,南からのうねりがあると,お互いにぶつかり合って複雑な波が発生しやすくなります。