U.雨が降るのは,どんな日?

 雨粒から雨滴に成長できるのは,

@氷晶の雲粒と過冷却水滴の雲粒が共存している雲と,

A強い上昇気流が存在している雲だということを説明した。

@を満足するのは雲頂の温度が少なくとも−10℃以下になっている必要がありそうです。

Aを満足する雲は積乱雲でしょう。

  このような雲が発生するのはどんな日かを考えてみ ることにします。 経験的に知っている雨が降るときの状況をまとめると,
(1) 前線(温暖前線,寒冷前線,停滞前線{梅雨前線,秋雨前線})を伴った低気圧が接近している。
(2) 台風(熱帯低気圧領域)が接近している。
(3) 冬季,日本海上に筋状雲が現れる。
(4) 真夏の午後,積乱雲が発達する。
(5)上空に寒気が入り込む。
などです。
(1)から(5)までについて説明しておきます。

1a)低気圧や前線付近の天気分布

統計的に調べた前線付近の天気分布を図1に示した。前線付近と低気圧領域で雨が降っており,寒冷前線と停滞前線付近では降水領域の背面(前線の進行方向に対して)に本曇りの領域があり,さらに外側にうす曇の領域が広がっています。

温暖前線付近では降水領域の前面(前線の進行方向)に本曇りの領域があり,さらに外側にうす曇の領域が広がっています(注;これは統計的に見ての話で,必ずこうなっているということではありません)。

(1b)低気圧や前線付近で雨が降りやすいのはなぜ?

前線は,北側の冷たい空気と南側の暖かい空気が地表面で接しているところで,冷たい空気と暖かい空気の境界面は上空に伸びており,境界面を前線面と呼んでいます。温暖前線 面では, 勢力の強い南の暖かい空気が北の冷たい空気を押すようにして前線面に沿って這い上がっているところです。寒冷前線は北の冷たい空気の勢力の方が強く,南の暖かい空気の下にもぐりこむように 進んでおり,暖かい空気を前線面に押し上げているところです。

低気圧の中心は温暖前線と寒冷前線の接点に位置し,暖かい空気が反時計回りに低気圧中心に向かって集まり,上昇気流を形成している領域です。前線の動きと低気圧や前線付近の空気の動きなどの概略を示したのが図2です。

前線南側の暖気は多くの水蒸気を含んでいるので,低気圧や前線付近は水蒸気を含んだ暖かい空気が,絶えず上空へ輸送されているところで(上昇気流が存在),背の高い雲 が発生しやすくなるため,雨が降りやすいのです。天気予報で、「明日は前線の活動が活発になるため,激しい雨が降る」と予報するのも,前線付近で上空への水蒸気輸送が活発になるためと解釈すれば納得できるでしょう。

 (1c)低気圧の一生と閉塞前線

 低気圧が発生(発生期)すると寒冷前線の方が温暖前線より速く進むため,図3に示すように,低気圧中心付近の寒冷前線と温暖前線の接点の折れ曲がりが大きくな る。中心付近の上昇気流が強くなり低気圧は発達するので,発達期と呼んでいます。

 低気圧がこのまま発達を続けると寒冷前線は温暖前線に追いつき,図4に示すように閉塞前線が形成される。閉塞前線領域では,暖気は寒気の上に押しやられ,低気圧の発達は停止してしまうので,この段階の低気圧を最盛期と呼んでいます。さらに時間が経過すると,閉塞前線の範囲は広がり,低気圧の勢力は衰えていく一方です(閉塞期)。

 図3と4には,低気圧の発生期から閉塞期までの前線の変化の様子に加えて,雲域や降雨域の様子の概略も示してあります。白い領域が雲域で,ブルーのハッチが入っている領域が降雨域を表しています。実際には,それぞれの低気圧によって違っているし,降雨 域でも強い雨のところ,弱い雨のところがあり,同じではありません。一応の目安を示したものとして了解してください。

(1d)閉塞前線の範囲が広がると,低気圧が衰弱するのはなぜ?

 閉塞前線の範囲が広がり,低気圧が閉塞期に入った状態の閉塞前線付近の前線の動きと暖気と寒気の広がりの様子や動きの概要を示したのが図5です。寒気Aの方が寒気Bよりも低温 であると仮定して,下半分 に水平面の概略を,上半分に鉛直断面の概略を示してあります。閉塞前線は,より低温の寒気Aが寒気Bの下にもぐりこむように進行している境界になっており, 閉塞前線付近では,暖気は寒気Aと寒気Bの上に押しあげられていると考えればよいのです。

  このように閉塞前線付近では,地表面付近の暖かく湿った空気gが直接上空に運ばれることはないので,地表面から低気圧へのエネルギー供給が減少 し,結果として,低気圧は衰弱・消滅していくのです。しかし, 閉塞前線から伸びた温暖前線や寒冷前線は残ったままなので,前線上に再び低気圧が発生し,発達することはあります。

(2a)台風内の雨雲分布

 発達した台風の鉛直断面の概略を図6に,台風内の降雨帯の概略を図7に示しました。台風は数多くの背の高い積乱雲群の集合体であり,十分に発達した台風では,垂直に発達した積乱雲が眼の周りを壁のように取り巻き,そこでは暴風と共に広い範囲で長時間にわたって大雨を降らせることができます。台風の眼の壁のすぐ外は,濃密な積乱雲が林立しており,連続して激しい雨が降りやすく,内側降雨帯と呼ばれています。中心の外側,約200〜600kmのところにも帯状の降雨帯があり(外側降雨帯),激しいにわか雨が降ったり,ときには竜巻が発生することもあることがわかっています。台風の眼は周囲からの空気が入り込めない領域で,雲も無く,時には太陽が見えることもある領域です。

(2b)台風内で雨雲(積乱雲群)が発生するメカニズム

 台風は「熱帯収束帯」と呼ばれる海水温度の高い熱帯地方で発生した「熱帯低気圧の中心付近の最大風速が17.2m/s以上に発達したもの 」と定義されています。熱帯地方の海水温度が高いため,台風(熱帯低気圧を含む)領域に輸送される水蒸気量は非常に多く,背の高い積乱雲が次々と発生し,積乱雲の群れを形成するのです。発生した後も,熱帯海洋上を移動する 間は台風領域に大量の水蒸気が補給され続けます。上空に輸送された水蒸気が凝結するときに放出する膨大な潜熱で周りの空気を加熱するため,上昇気流が一層加速され,台風域内では加速度的に積乱雲群が形成され, 台風は発達し続けるのです。

 熱帯低気圧から台風に成長できる必要条件として,海水温度が26〜27℃以上の海域となっているのもそのためです。最近話題になる地球温暖化は,熱帯地方の海水温度も高めるため,台風の発生数も増え,規模も大型化するといわれているのです。巨大な積乱雲の群れからの降水と,強風(暴風)の塊が台風の本体で,時に大災害をもたらすのです。

 日本に上陸した台風が運んでくる雨風の故郷は,熱帯地方で蒸発し積乱雲群を形成した熱帯の海水がもっていたエネルギーです。日本に上陸すると,台風の勢力が一気に衰えてしまうのも,海水エネルギーの供給が絶たれてしまうためです。2005年の台風14号(2005年9月5日22時30分)の雲の様子を図 8に,同じ時間帯の降水の様子を図9に示しました。台風の降水域がいかに広範にわたるか理解いただけると思います。

 図8,9は気象庁から公表されている雲写真と,解析雨量(降水量分布)を引用したものです。

(3)冬季,日本海上に筋状雲が現れ,日本海側で大雪となる

 冬,ユーラシア大陸には強い寒気団が形成され,乾燥した寒気が大陸からあふれ出すようにして,日本海に流れ出してくる ことがある。日本海は対馬暖流も流れているため暖かく,流れ込んだ寒気は下から急速に暖められるため,海上の大気は不安定になり,水蒸気を含んだ海面付近の暖かい空気が寒気の中を上昇し,対流運動が活発になり,積乱雲が発生する。海面からの水蒸気補給は続くので,図10に示すように,日本に近づくにつれ雄大積雲から積乱雲へと成長し,日本海側に 雪を降らせる。上陸すると脊梁山脈に衝突し, 一部は山脈を越え太平洋側まで運ばれる。

図11は冬型気圧配置が強まった,2006年1月19日9時の天気図です。オホーツク海に発達した低気圧があり,強い北西の季節風が吹き,北陸から北の日本海側で強い雪,太平洋側は晴天の一日でした。   図12は図11に示した天気図と同じ時間帯の静止衛星「ひまわり」からの雲写真です。大陸から流れ出した寒気の中で発生した積乱雲の群れが強い北西季節風によって流され,筋状雲となって日本に向かって流れているのが読み取れます。この積乱雲群 が日本海側の山間部から平地にかけて大雪を降らせたのです。北海道はもちろんのこと,東北から関東以北まで,寒気の一部は脊梁山脈を越えており,太平洋側にも筋状雲が広がっているのがわかります。

 

(4)真夏の午後,雷雨が降りやすいのはなぜ?

 夏,午前中よく晴れて暑くなると,午後3時頃過ぎに,遠くの方から雷鳴が聞こえ 出し,しばらくすると空が急に暗くなり,冷たい風が吹き,激しい雷雨に見舞われたり,時には雹が降ってきたりしたことを経験した人は多いと思います。

 これは真夏の強い日射で地表面が高温となり,大気が不安定になるために局所的に発生する激しい上昇気流がつくる積乱雲が原因だと考えられています。暑い夏の日の午後,図13に示すような積乱雲が急速に上空へと成長していく姿を見たことがあると思います。強い上昇気流は,場所を変えて次々といくつもの積乱雲を発生させるので,雷雲が遠くから近づき,通り過ぎていくように感じるのです。

 積乱雲がどこまで発達するかは,上昇気流の強さによって決まります。上昇気流が非常に強く,頂上が成層圏界面付近まで達する積乱雲からは大きな雹が降ってくると考えられています。

  2005年8月7日,朝からよく晴れて暑くなり,仙台では13時から14時の間に雷雨が観測されました。当日の 仙台管区気象台で観測された気温と湿度の日変化の様子を図14に,レーウインゾンデで観測した午前9時の仙台上空の気温と露点温度の高度変化(ワイオミング大学から公表されている世界の高層観測資料)を図15に示しました。

 図14から明らかなように,最初に雷雨が観測された13時頃に気温が低下し,湿度が急激に増加しているのがわかります。

 ワイオミング大学から公表されている世界の高層観測資料から,2005年8月7日9時の仙台上空の気温と露点温度をプロットした断熱図を選び出し図15に転載しました。

  観測された気温線は800hPa付近で湿潤断熱線と交わっており,それより上空200hPa近くまでの範囲では,気温線の方が湿潤断熱減率より左側になっており,この高度領域では発生した雲は上空に向かって発達できる状況だったと判断できます。

 この日,雲が発生することができたかを調べるため, 断熱図に雷雨発生直前の 地表面付近の気温(Tmax)と気温高度変化の推測値(白丸印曲線)を加え,600hPa以下を拡大した断熱図を図16に示しました。

 地表付近の気温減率は雷雨発生前には乾燥断熱減率(緑の線)より大きくなっており,地表付近は上昇気流が発生しやすい状態になっていたと考えられます。露点温度の観測値から凝結高度を計算すると930hPa付近となり,低い高度で雲が発生したと推測 できます。凝結高度より上空では,図16から明らかなように,上空まで気温の線(青の実線)の方が湿潤断熱減率の線(青の破線)よりも 左側になっている。このことは,凝結高度より上空の大気は不安定で,発生した雲は急速に上空まで発達し,雷雨をもたらす背の高い積乱雲 が発生しやすかったことがわかります。

(5)上空に寒気が入りこむと,天気が崩れるのはなぜ?

 天気予報で,よく「・・上空に寒気が入り込んでくるので,天気が崩れやすい ・・・・」という説明を聞くことがあります。寒気(冷たい空気)は重いため,周りの空気をかき分けるようにして落下する ことは納得できるでしょう。寒気は乾燥断熱源率で温度を上昇させながら落下し,周りの空気と同じ温度になる高さで止まる。かき分けられた周りの空気は上空へと押しやられるので,上昇気流が発生 し,天気は崩れるのです。